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福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)2907号 判決

原告

大賀喜六

被告

櫻木時宗

ほか一名

主文

一  被告櫻木朗は、原告(反訴被告)に対し、金一四万四二五二円及びこれに対する昭和五六年一二月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金一〇万七四一四円及びこれに対する昭和五六年三月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)櫻木時宗に対する請求及び被告櫻木朗に対するその余の請求並びに被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴について生じた部分は、原告(反訴被告)と被告櫻木朗との間においては、原告に生じた費用の一五分の一を被告櫻木朗のその余は各自の負担とし、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)櫻木時宗の間においては全部原告(反訴被告)の負担とし、反訴について生じた部分はこれを五分し、その三を原告(反訴被告)の、その余は被告(反訴原告)櫻木時宗の負担とする。

五  この判決は第一項及び第二項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告らは各自、原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)に対し、二七二万五二二〇円及びこれに対する昭和五六年一二月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨(被告(反訴原告)櫻木時宗)

1  原告は、被告(反訴原告)櫻木時宗に対し、一六万五六九〇円及びこれに対する昭和五六年三月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  反訴の訴訟費用は、原告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁(原告)

1  被告(反訴原告)櫻木時宗の請求を棄却する。

2  反訴の訴訟費用は被告(反訴原告)櫻木時宗の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 昭和五六年三月一六日午前一一時五五分ころ

(二) 場所 福岡市南区向野二丁目六番二一号先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(車両番号久留米五五す一三八一)

右の運転者 被告櫻木朗(以下単に「被告朗」という。)

右の所有者 被告(反訴原告)櫻木時宗(以下単に「被告時宗」という。)

(四) 被害車 普通乗用自動車(車両番号福岡五五は三六七五)

右の運転者 大賀由紀子(以下単に「由紀子」という。)

右の所有者 原告

(五) 被害者 原告

(六) 事故の状況 原告は、由紀子の運転する被害車の助手席に同乗して、塩原方面より学校下方面へ進行し、同車が右同所交差点にさしかかつた際、左方道路から同交差点に進行してきた加害車と衝突した。

(七) 結果 原告は、本件事故のため、頸椎捻挫、左肘打撲、左眼球負傷等の傷害を負い、そのため二度視力が低下したほか、九州中央病院で昭和五五年一一月から治療を受けて、本件事故直前にはほぼ完治していた肝内及び総胆管内結石症が本件事故により悪化し、昭和五六年四月二〇日より同年五月九日まで、再び同年五月一四日より同年六月九日まで内科入院をせざるをえなくなつた。

また、本件事故により被害車及び原告の着用していた眼鏡が破損し、原告の着用していたコートが血で汚損した。

2  責任

(一) 被告朗

前記交差点は見通しのよい交差点であるから、被害車を早期に発見し、又は交差点で徐行若しくは一時停止するなどして事故を未然に防止する注意義務があるのに拘らず、これを怠つた過失により本件事故を発生させたのであるから、不法行為により本件事故による損害を賠償する責任がある。

(二) 被告時宗

被告時宗は、被告朗の父で、加害車の所有者であつて、常時同車を被告朗に貸与し、運行の用に供していたものであるから自賠法三条又は共同不法行為に基づき、本件事故による損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 物損

(1) 原告所有の被害車の修理代金 二二万〇八五〇円

(2) 眼鏡代金 六万八〇〇〇円

原告が買い換えを余儀なくされた眼鏡代金

(3) 原告の着用していたコートのクリーニング代金 九五〇円

(4) 代車代 三四万八〇〇〇円

原告は、被害車を自己の営む焼肉店の商品仕入、客の送迎等の業務に使用していたところ、本件事故により一七四日間被害車を使用できず、その間タクシーを用いて右業務を行つた。右タクシー代は一日あたり二〇〇〇円である。

(二) 治療関係

(1) 治療費 一万四四〇〇円

原告(反訴被告)が頸椎捻挫のため、昭和五六年四月一五日から二四回温泉治療した代金。

(2) 交通費 七万八一六〇円

(ア) 原告は、九州中央病院にタクシーで通院し、昭和五六年三月一六日から同年九月五日までの間に、外科一四回、内科一九回の治療を受け、そのための交通費として一回(一往復)当たり九二〇円合計三万〇三六〇円を支出した。

(イ) 原告は博多温泉で前記温泉治療をしたが、そのための交通費(タクシー代)として一回(一往復)当たり一八八〇円合計四万五一二〇円を支出した。

(3) 入院付添費 三万六〇〇〇円

原告の妻キクは、前記原告の入院時一二日間付添看病したが、その費用は一日三〇〇〇円で計三万六〇〇〇円が相当である。

(4) 診断書(四通) 九〇〇〇円

(三) 得べかりし利益 九三万円

原告は焼肉店を営む者であり、本件事故前は焼肉の味付等料理を一人で行つていたが、本件事故より仕事ができなくなり、妻や娘が代つて味付等しているが、一日当たり五〇〇〇円の減収となり、また原告の前記入院による付添看病のため一二日間は全面休業せざるを得なくなり、その間は一日当たり一万円の減収となつた。

昭和五六年九月五日まで(一七四日間)の分。

(四) 慰謝料 一〇〇万円

原告(反訴被告)が本件事故による受傷等のため被つた精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 二〇万円

原告は、本件訴訟の提起、追行を弁護士清水正雄及び清水隆人に委任し、その報酬として二〇万円を支払うことを約した。

よつて、原告(反訴被告)は、被告らに対し、4(一)ないし(五)の損害合計額から、いわゆる自賠責保険金として支払を受けた一七万七四六〇円を控除した残額二七二万七九〇〇円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和五六年一二月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  本訴請求原因1(一)から(六)までの事実は認め、(七)は否認する。

2  同2の事実のうち、(一)は否認し、(二)につき被告(反訴原告)が被告朗の父で、本件加害車の所有者であり、これを常時同人に貸していたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実はすべて否認する。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故は、被害車が一時停止を怠り、かつ左方の十分な安全確認せずに交差点に侵入したために発生したものであり、かつ加害車側に優先権のある交差点である。

四  抗弁に対する認否

否認する。

五  反訴請求の原因

1  本訴請求原因1記載の日時、場所において、同記載の運転者間の車両により、同記載の衝突事故が発生し、被告時宗所有の加害車が破損した。

2  原告の責任

(一) 本訴抗弁のとおり。

(二) 原告(反訴被告)は、大賀由紀子を自己の焼肉店の業務に従事せしめるとともに、被害車を運転させてその仕入れ等に用いていたものであり、本件事故当時も同人に命じて自己の病気治療通院のため運転せしめていたものであるから、民法七一五条により損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 被告(反訴原告)所有の加害車の修理代金 一四万五六九〇円

(二) 弁護士費用 二万円

よつて、右合計一六万五六九〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和五六年三月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  反訴請求の原因に対する認否

1  反訴請求の原因1の事実は主張のような交通事故が発生したことは認め、これにより加害者が破損したことは不知。

2  同2の事実のうち、(一)は否認し、(二)のうち大賀由紀子が原告(反訴被告)の焼肉店で働いていること、及び本件事故当時原告(反訴被告)が病院に通院のため被害車に乗つていたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実は知らない。

七  抗弁(過失相殺)及び抗弁に対する認否

本訴請求原因3(一)及びそれに対する認否と同じ。

第三証拠〔略〕

理由

一  本訴請求の原因に対する判断

1  本訴請求の原因1の(一)から(六)までの事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第二号証、被害車を写した写真であることに争いのない乙第七、第八号証の各一、証人大賀由紀子の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、本件事故により、原告が頸椎捻挫、左肘打撲、左眼球負傷、左手背切創の傷害を負つたこと、被害車が破損したこと、原告が当時着用していた眼鏡が破損しコートが血で汚損したことを認めることができる。なお、右の左眼球負傷により視力が低下したとの事実は、証人大賀由紀子の証言中にはこれに沿う部分があるがたやすくは採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、従前九州中央病院で治療を受けほぼ完治していた肝内及び総胆管内結石が本件事故により悪化した旨を主張するところ、成立に争いのない甲第二、第九号証によると、原告(反訴被告)が九州中央病院において肝内及び総胆管内結石症等により昭和五六年四月二〇日より同年五月九日まで、又同年五月一四日より同年六月九日まで入院した事実を、前出甲第三号証によると原告は昭和五五年一一月一四日以降右病院において肝内及び総胆管内結石症について治療を受けていたがたびたび激痛発作、発熱、黄だん等をくり返している事実をそれぞれ認めることができるが、右入院が本件事故により右疾病が悪化したことに起因するものであることを認めるに足りる証拠はない。

2  同2(被告らの責任)及び抗弁(過失相殺)について

(一)  原告本人尋問の結果により原告が撮影した本件事故現場の写真であると認められる甲第二五ないし第三五号証、いずれも成立に争いのない乙第一、第四、第五号証、証人大賀由紀子の証言、原告本人尋問の結果(各一部)及び被告朗各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。証人大賀由紀子の証言及び原告本人尋問の結果中の右認定に反する部分は前出乙第一、第四、第五号証に照らし採用しないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 本件事故の現場となつた交差点は、ほぼ南北に通じる幅員約五・二メートルの道路(以下「甲道路」という。)とほぼ東西に通じる車道幅員約六メートル(その両側に各約一・六メートル幅の歩道がある。)の道路(以下「乙道路」という。)が交差する交通整理の行われていない交差点であつて、乙道路から同交差点に進入するには一時停止すべき旨が公安委員会の道路標識により指定されているがいずれの道路のためにも優先道路を示す標識は設置されていないこと

(2) 右交差点の東南側はいわゆる青空駐車場となつておりしかも本件事故当時その駐車場に駐車中の車両がなかつたから、右甲道路の同交差点南側約四四メートルの地点で同乙道路の交差点東側約六メートルの地点が、南側約三七メートルの地点で東側約一〇メートルの地点が見通せる(いずれもおおむね道路中央部での見通し)など、甲道路を同交差点に向けて北向する車両にとつて左前方の見通しは悪くはなかつたこと

(3) 被告朗は、甲道路を時速約三〇キロメートルで玉川町方面へ向けて北進中、交差点の手前(南側)約九メートル(衝突地点南側約一一・五メートル)の地点ではじめて乙道路の交差点東側約五メートル(衝突地点から約八・二メートル)の地点に発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず被害車と衝突したこと

(4) 由紀子は被害車を運転して乙道路を塩原方面から学校下方面へ進行し、本件事故現場交差点手前に差しかかつた際、交差点手前約七メートルの地点にある停止線付近で時速二ないし三キロメートルにまで減速したうえ、交差点手前約五メートルの地点(右(3)認定の被告朗が被害車を発見したときの被害車の位置に同じ。)で左方を瞥見した後、加速して交差点内に進入し、加害車と衝突したが、衝突するまで加害車には気づかなかつたこと

右の各事実によると、被告朗は、右前方の完全確認を十分に行つておればかなり早い段階で被害車を発見することができ、ただちに制動等必要な措置をとることにより被害車との衝突が避け得たのに、交差点の手前約九メートルの地点ではじめて被害車を発見したというのであるから、本件事故につき少なくとも右前方の安全確認を行つた過失(ないしは同交差点に進入する際には徐行しなければならない場合であるのに、これを怠たり交差点の直近まで時速三〇キロメートルで進行した過失)があると言うべきである。したがつて、被告朗は民法七〇九条により原告に対して、本件事故により原告の被つた後記損害を賠償する義務がある

(二)  被告時宗が被告朗の父で、加害車の所有者であり、これを常時被告朗に貸与していた事実は当事者間に争いがなく、このことから被告時宗は加害車の運行供用者であると認めるべきであるから、自賠法三条により、原告の被つた後記3認定の損害のうち、身体を害したことによつて生じた損害(後記3の(一)の(2)及び(3)、3の(二)、(四)認定の損害)を被告朗と連帯して賠償すべき義務がある。

次に、被告時宗の共同不法行為責任については、その要件事実である行為の共同、あるいは被告時宗の本件事故についての故意過失について何ら主張、立証がないから後記3認定の損害のうち身体を害したことによつて生じたものではない損害(3(一)(1)、(4)の損害)についての被告時宗に対する請求は結局失当である。

(三)  前記(一)の(1)から(4)までの事実によると、由起子も遅くとも交差点手前約七メートルの地点で時速二ないし三キロメートルにまで減速したときに左方の安全確認を尽しておれば加害車を発見することができ、必要な措置をとることにより本件事故を避けえたものと認められるところ、由起子は、加害車と衝突するまでその存在に気づかなかつたというのであるから、由起子にも本件事故について左方の安全確認を怠つた過失があるというべきである。

(四)  したがつて、本件事故は被告朗、由起子両名の過失が競合して発生したものと認められ、右両名の過失の程度を比較すれば、減速はしたものの道路標識に従い一時停止をすることを怠たるとともに左方道路の安全確認を怠つた由起子の過失が、被告朗のそれより、その程度が大きいとみるべきであつて、その割合は被告朗の過失四に対し由起子の過失六と評価するのが相当である。

また、証人大賀由起子の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告と由起子は同居している親子であり、由起子は、日常原告の命により被害車を原告の営む焼肉店の営業、あるいは原告の九州中央病院への通院の送迎等のために被害車を運転しており、本件事故時も原告を九州中央病院から連れ帰る途中であつたことが認められ、このような事情のもとでは由起子の前記過失を、原告の損害額の算定に当たり、右と同じ割合で斟酌することができるものと解する。

3  請求原因3(損害)について

(一)  物損

(1) 被害車の修理代金

被害車が原告所有であることは当事者間に争いがなく原告本人尋問の結果により成立が認められる甲第二一号証の一、二、第二三号証、被告朗本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第六号証によれば当初の修理代金の見積額は二二万〇八五〇円であつたが、加害車の自賠責保険の事務担当者と修理工場の協議によつてそれが一九万八一八〇円と変更され、更に修理完了後の請求額が一七万七四〇〇円となつているところ、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二四号証、原告及び被告朗の各本人尋問の結果を総合すると、最初の修理では被害車は完全に修復されておらず、さらに見積額で五万〇五〇〇円を要する程度の修理をする必要があつた事実を認めることができるから、本件事故による被害車の修理代金として少なくとも二二万〇八五〇円を要したものと認めるのを相当とする。

(2) 眼鏡代金

前記1認定の事実、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認める甲第五号証を総合すれば原告が本件事故で破損した眼鏡を買い替えるため六万八〇〇〇円を支出したことを認めることができる。

(3) クリーニング代金

前記1認定の事実、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第二二号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば原告は本件事故により汚損したコートのクリーニング代として九五〇円を支出したことを認めることができる。

(4) 代車代

原告本人尋問の結果によると、原告は被害車を自己の営む焼肉店の材料の仕入れ、客の送迎等に用いていたこと、本件事故により被害車が破損したため被害車の修理完了までの間右の業務にタクシーを用いたことをそれぞれ認めることができる。前出甲第二三号証によると、おそくとも昭和五六年四月三日までには被害車の一応の修理を終わりその引渡しを受けていることが認められる。前3(一)(1)認定のとおり右の修理が完全でなかつたとしても、ただちに再修理を依頼すれば、遅くとも二週間で再修理が終ることは経験則上明らかであるから、本件事故により被害車を使用することができなかつた期間としては三三日間(昭和五六年三月一六日から四月三日までの一九日間とその後の一四日間)に限り認めるのを相当とし、一日分の代車代が二〇〇〇円を相当とするので、被害車の代車代合計六万六〇〇〇円は原告が本件事故により被つた損害と認めることができる。

(二)  治療関係

(1) 治療費

証人大賀由起子の証言、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認める甲第四号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件事故による傷害の治療のためと称して福岡市南区横手三丁目所在の博多温泉の元湯旅館において合計二四回入湯したこと及びその入湯料金として少なくとも一万四四〇〇円を支出したことを認めることができるところ、前記認定のとおり原告の本件事故による傷害が頸椎捻挫であること、右入湯は原告の近隣の温泉での入湯でありその回数も二四回程度であること及び原告本人尋問の結果によると被告朗も原告が温泉治療を受けることを承諾していたことが認められることに照らすと、原告の右元湯旅館における入湯は本件事故による傷害の治療のため一応相当なものであつたと認めるべきであり、したがつて、右一万四四〇〇円は本件事故による原告の損害というべきである。

(2) 交通費

(ア) 前記甲第一号証及び弁論の全趣旨によると、原告が本件事故による傷害の治療のため昭和五六年三月一六日から同年六月一七日までの間に福岡市南区大字塩原八八二番地所在の九州中央病院に一三回タクシーで通院した事実が認められるところ、原告の年齢を考慮すると右通院にタクシーを用いたことは相当と認められ原告の住所地と中央病院の所在地に鑑みると通院のためのタクシー代として一往復当たり九二〇円を必要としたことは明らかである。したがつて、右タクシー代計一万一九六〇円は本件事故による原告の損害と認めることができる。その余の原告主張の九州中央病院への通院交通費が本件事故による原告の損害と認めるに足りる証拠はない。

(イ) 原告が元湯旅館までの交通機関としてタクシーを用いたことが相当であることは前記のとおりであり、前記認定の元湯旅館の所在地と原告の住居地とに鑑みるとき元湯旅館までの交通費として一回(一往復)当たり一八八〇円程度は不相当ではないと言うべきである二四回分の交通費の合計四万五一二〇円は本件事故による原告の損害と認められる。

(3) 付添費

原告が本件事故による傷害治療のため入院治療を要したことを認めるに足りる証拠はない(原告が昭和五六年四月二〇日から同年六月九日までの間に合計二回なした九州中央病院への入院が本件事故によるものとは認められないことは前認定のとおりである。)。

(4) 診断書代

本件事故による傷害の診断書である甲第一号証を原告が提出していることは記録上明らかであるから、右診断書を取得するのに要した費用は本件事故による損害というべきである。右費用として二〇〇〇円を相当とする。本件甲第三、第九号証は、本件事故による傷害等の診断書とは認められないし、他に本件事故による傷害等の診断書を原告が取得したことの証拠はない。

(三)  得べかりし利益

証人大賀由起子の証言及び原告本人尋問の結果によると原告が本件事故前には焼肉店の仕事をしていた事実を認めることができるが、本件事故により右焼肉店の営業ができなくなつたとの事実や本件事故の故に焼肉店からの収入が減収となつたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

(四)  慰謝料

前記認定の傷害の部位その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は三〇万円が相当である。

(五)  以上の(一)から(四)までの認定事実によると被告朗が賠償すべき損害額は、右(一)、(二)、(四)の合計七二万九二八〇円に六割の過失相殺をした二九万一七一二円であり、被告時宗が賠償すべき額は、右(一)の(2)、(3)、(二)、(四)の合計四四万二四三〇円に前記の六割の割合の過失相殺をした一七万六九七二円であり、これらから原告が支払を受けたことを自認する自賠責保険金一七万七四六〇円を控除すると、被告朗に本訴で請求できる損害額は一一万四二五二円であり、被告時宗に対するそれは〇円となる。

(六)  弁護士費用

原告が、弁護士清水正雄及び同清水隆人に本件訴訟の提起、追行を委任したことは記録上明らかであるところ、本件事案の性質、事件の経過、前記認容額等に鑑みると、被告朗に対して賠償を求め得る弁護士費用は三万円が相当であり、被告時宗に対する関係では弁護士費用の賠償は求めることができないと解するのが相当である。

4  したがつて、原告の本訴請求は被告朗に対し一四万四二五二円及びこれらに対する不法行為の後である昭和五六年一二月四日から支払済みまで各年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるから棄却することとする。

二  反訴請求に対する判断

1  反訴請求原因1の事実のうち本訴請求原因1(一)から(六)まで記載の交通事故が発生したことは当事者間に争いがなく、被告朗本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認める乙第三、第七号証によると右事故により被告時宗所有の加害車が破損した事実を認めることができる。

2  原告の責任及び過失相殺

(一)  反訴請求原因2(一)の事実についての判断は、前記一の2(一)、(三)説示のとおり。

(二)  同2(一)の事実のうち、由起子が原告の営む焼肉店で働いていること、及び本件事故当時原告が病院に通院のため被害車に同乗していたことは当事者間に争いがない。また、由起子が日常原告の命によりその営む焼肉店の仕入れ、客の送迎、原告の九州中央病院への通院の送迎等のため被害車を運転していたことは前記一2(四)認定のとおりである。これらの事実のもとでは、原告と被告由起子との間には被害車の運転につき使用者・被用者の関係にあつたと解するのを相当とし、由起子が本件事故当時被害車を運転して、原告を同乗させ病院から連れ帰る行為も「職務行為」の範囲に属するとみるのを相当とするから、民法七一五条により原告は被告時宗の被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三)  本件事故が由起子と被告朗との過失の競合によつて発生したこと、その過失の割合はおおむね由起子六に対し被告朗四とみるのを相当とすることは前記一2(一)、(三)、(四)認定のとおりである。そして、被告朗が被告時宗の子であつて被告時宗所有の加害車を常時貸与されていたことは、前記一2(二)認定のとおりであり、このような事情のもとでは、被告時宗の損害額の算定に当たり、被告朗の右過失を右と同じ割合で斟酌することができるものと解する。

3  損害

(一)  前出乙第三、第七号証及び被告朗本人尋問の結果によると、加害車の本件事故による破損の修理代金は一四万五六九〇円であることを認めることができる。これを前記割合により過失相殺すると原告が賠償すべき額は八万七四一四円となる。

(二)  弁護士費用

被告時宗が、弁護士森竹彦に本件反訴の提起、追行を委任していることは当裁判所に顕著であり、本件事案の性質、事件の経過、右認容額に鑑みると、原告に対して賠償を求めうる弁護士費用は二万円と認めるのが相当である。

4  したがつて、被告時宗の反訴請求は一〇万七四一四円及びこれに対する不法行為の日である昭和五六年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとする。

三  結論

よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条にそれぞれ従い仮執行免脱宣言は、相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 水上敏)

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